「日本経済新聞」(夕刊)

            2000.05.16.

 

在日中国人写真家

「第二祖国」で存在感

 

写真の世界、日本で在住の中国人写真家たちが、存在感を示し始めている。海外で評価高い「山水写真」の汪蕪生氏が、東京で大規模な個展を開いているほか、様々な分野で写真家が登場している。そんな幾人かの活動を紹介しよう。

わき上がる雲海に浮かぶ岩山や、そそり立つ断がいから突き出した松の木のシルエット――。中国景勝地・黄山を撮影した汪氏の個展「天上の山々」が、東京恵比寿ガーデンプレイスの東京都写真美術館(6月18日まで)で開かれている。

東京在住で来日二十年になる汪氏が、黄山を四半世紀にわたって撮り続けた記録の集大成だ。掛け軸思わせる縦長のプリントから横6bの巨大写真屏風まで、薄暗い展示室の中に幻想的な風景が浮かび上がる。九八年にはウィーン美術史博物館で個展を開き、大きな反響を呼んだ。

黄山は標高約一.八〇〇bで、全七十二峰の山塊。四季を通じ雲と霧が多く、雲海が刻々と変わる奇観で知られる。中国の新聞社でカメラマンとして活動していた七四年に取材で黄山を訪ねた汪氏「人生観が変わるほどのショック」を感じ、以来、黄山撮影をラィフワークにしてきた。

汪氏が山水画のようなモノクロ写真を撮る一つの契機になったのが、日本へ留学だった。本格的に写真を学ぶため八一年に来日して、「中国の古い伝統が中国以上より残っている」ことに驚いた。この体験をきっかけに、「改めて自らの伝統に目を向けた」と振り返る。

「山水写真」と自ら命名したのは、単に山水画の風景を撮るからではない。グラデーション(濃淡)のない真っ黒なシルエットは、漢詩や俳句の凝縮された表現にも通じる。「伝える情報が多すぎるカラー」を使わず、モノクロにこだわるのも、「鑑賞する人に想像の余地を残しやいから」。そんな精神こそが「山水」の意味だと語る。

「中国人の見た日本の自然と人々」(東方出版)と題した写真集を昨年出した大阪在住の周秀泉氏も、中国出身の写真家だ。九十年から十年がかりで、日本の各地を軽自動車で回って撮影した。

吉野の桜、大阪の天神祭、奈良の夕暮れなど、日本有名の景勝地や行事ばかりでなく、海辺の漁師や飲食店のバイト学生など、旅先で出会い出会った人々の姿をダイナミックに伝える。周氏は「経済大国だけではない日本の姿を記録したかった」と語る。

周氏は上海生まれで、日本のカメラ専門書などを読むうちに、日本で学ぶことを決意、八八年に大阪に居を移した。建築現場から中国語教師まで様々なアルバイトの経験を通じ、日本を身近な「第二の祖国」として意識するようになったという。そんな人情に触れた体験が、自然な表情の撮影に生きているようだ。

東京在住の女性写真家、于前氏は、日本社会にとけ込めずにいた留学生時代の九四年、知人が次々と日本人と結婚するのに興味を持ち、国際結婚のカップルを被写体に集を近く出版する予定。

こうした写真は、必ずしも中国や日本の伝統に根差した表現として評価されているわけではない。汪氏のウィーンで個展開催に尽力した写真評論家のカール・アイクナー氏は、「東洋的な見方に染まってない我々の方が、既成観念にとらわれずに作品の価値が分かるのでは」と評している。

   日本に拠点を置くことについて、汪氏は「私の活動を支え、私の作品に感銘してくれる人がいる第二の祖国だから」と語る。今回の個展もそんな人々の応接で実現した。留学生としての体験、人脈の広がりなど、写真家自身にとっての様々なリアリティーが、それぞれの表現ににじんでくるようだ。