「朝日新聞」

            1998.07.29.

 

ひと

欧州で山水写真展を開いている

在日中国人  汪蕪生さん

 

欧州の代表的な宮廷美術館の一つ、ウィーン美術史博物館で、東洋人として初の個展を、五月から八月九日まで開いている。

山水画の原点といわれる故郷・中国安徽省の黄山を二十五年間かけて撮り続けてきた。縦横二bほどの大作約七十点を展示し、東洋の幽玄の世界を紹介している。現地マスコミは「写真が心に触れてくる」と評した。

写真の前で涙ぐむ人、毎日通って来る人、会場のノートは感想で埋め尽くされた。

「自分の人生に、満足します。これまでの苦労が無駄じゃなかった」。文化の異なる欧州で「山水」が受け入れられた喜びを率直に語る。

中国の報道カメラマンとして、二十六歳の時、黄山に出あった。生き物のように動く大雲海。漆黒の岩とへばりつく木々。天から差し込む光。人の手の届かぬ、果てのない宇宙を見た、と思った。

だが、強烈な感動は、なかなか写真に表せなかった。変化の激しい山の一瞬をとらえるため、大型フィルムでなく、通常の大きさの巻フィルムを使った。その分、写真を引き伸ばす時の温度管理が難しく、何度も失敗した。

半年、山にこもると二、三年は暗室作業を続ける。「不器用だから」と、ほかの題材は手がけなかった。

フリーの写真芸術家として活動しやすい日本を拠点にして十七年。大学で研究員を続けた。支えてくれたのは日本学士院会員の隅谷三喜男氏ら、日中関係に心をくだく日本の学者や財界人だった。

心配なのは日本と中国の関係だという。お互いを見つめる両国民の認識のズレは大きく、文化・芸術交流の懸け橋になりたい、と願う。

在留資格は毎年更新している。第二の故郷である日本に、永住したいと、これまで三回申請したが、却下された。

「日本に、片思いだね」少しさびしそうに笑った。

次の主題は日本海か屋久島。「人生は短い。急がなければ」。独身

 

                     
                                                       文 鶴見 知子    写真 金井三喜雄