SINRA(シンラ)(新潮社刊)

              1997.03.01.

 

名作ギャラリー

中国の安徽省に、黄山と呼ばれる広大な山岳地帯がある。約150平方キロの広大なエリアに72の峰々が屹立し、岩のわずかな裂け目からは松が生える。また年間を通じ、霧や雲が辺りを覆うことも多く、山水画を思わせる光景である。

汪蕪生はここから程近い蕪湖市に生まれ、この山々をライフワークとする写真家だ。幼少期より芸術全般に興味を持っていた汪だが、始めて見た黄山のイメージを、納得がいくように印画紙に定着させるまでには、かなりの試行錯誤があった。あくまでモノクロームにこだわる彼は、1年の取材の後、プリントのための暗室作業が、2〜3年に及ぶこともある。

写真の上升峰をほぼ中心とする黄山の山々は標高が約1800メートル前後で、モノトーンが似合う印象とは裏腹に、四季のハッキリした所だ。そこで汪が表現したいのは、男性的な力強さと女性的な優しさをあわせ持つ、風景のコントラストである。撮影では、何日も山を歩きまわり、身体が疲弊しきってしまうことも多い。だが、「美しい自然に包まれての撮影は、精神的には至福の時間なのです。広大な宇宙の、永遠とも思われる時の流れのなかで、たった一度の真実の瞬間に出会える。だから自然という被写体は難しく、しかし面白い」と汪蕪生は語った。