「VIEWS」(講談社刊)

1993.4.28.

汪蕪生山水写真展「黄山神韻」


黄山に託した東洋人の心象風景

「山水写真」で描く仙境の世界


中国安徽省生まれ。安徽師範大学物理学科卒業後、72年安徽省新聞図片社の報道カメラマンとなる。81年来日し、芸術写真家としての活動開始。88年写真集・「黄山幻幽」を発表。89年より東京女子大学比較文化研究所の客員研究員も務める。東京在住。

「黄山から見える雲海は、何カ月も待って全く撮れないときもあれば、登ってすぐに撮れるときもある」

20年にわたって汪蕪生が繰りつづけた黄山は彼の故郷、中国は上海に近い東南部・安徽省に広がっている。平均標高約1千880m、154平方キロに及ぶ黄山風景区は、氷河の浸食と風化作用で、勾配の厳しい独特の奇観を呈している。彼が写すモノクロの風景は中国の伝統的な山水画を思わせる。「人物の肖像写真と同じで、黄山の表情を捉えるのは一瞬が勝負。雲の霞み加減、光のバランス、シャッターを切るのは直観的なものです。良い風景を逃さないために、いつも朝4時に起きて走り回るんです。私の作品はよく山水画のように許されるけど、表現形式は全く別のもの。絵描きは自分のイメージを好きなように描けるが、写真は実在するものしか表現できないのです」

現代の東洋人は、意識するしないにかかわらず、体内に西洋が入り込んでいると彼はいう。

「受けた教育、社会のシステム、文明、美意識、価値観まであらゆるものに西洋は入り込んでいる。でも、自分のアイデンティティまで見失ってはいけない。独自の文化を創りだすために、他の文化を摂取するのですから」

西洋的な価値観を潜在的に取り込んだ彼は、それでも自分のアイデンティティは東洋といい切る。

「私も最初は黄山をどう写していいか分からなかった。でも長い間通っているうちに、自分の中の東洋が自然と現れてきたのです。黄山に対する自分の思いやイメージ、それは仙人が住む理想の地、仙境です。その心象風景を黄山に託すことが、私なりの表現だったのです。西洋の勉強もしたけど、自分の血にしてしまえば、自然と独自のものを吐き出すんですね」

西洋の写実的方法と、東洋の心象を描く山水画世界が合一した世界。彼の作品は、新しい東洋芸術の第一歩かもしれない。

▲4月20日〜25日 東京・三越日本橋本店 入場無料

汪蕪生山水写真展実行委員会(03-3714−7241(代)



同名写真集“黄山神韻”(7500円)は小社より4月末刊