「東京新聞」

1988.11.28


優れた風景写真の楽しみは、まだ見たこともない土地はもちろん、既視の光景でも、一過性の旅人では味わえない最も美しい一瞬を見させてくれることだ。

その信頼感は、絵と異なり写真が実景を伝えてくれるという物理的原理によるところが大きいが、時刻、気象など多くの条件を撮影者が意図的に選択することにより生じる写真の個性や創造性の力も無視出来ない。この中国人写真家汪蕪生氏の「黄山幻幽」もそんな思いのする写真集だ。

黄山は中国・安徽省にあり、百五十平方`の広さにまたがる一山で、峰の数は数十に及ぶ.奇岩、奇松、雲海の三奇の取り合わせに、時に雲間から陽光が降るごとく、多彩で微妙な水墨画の世界を筆に代えてレンズでとらえている。巻末に森本哲郎「黄山紀行」。


                                                                                          (講談杜・三五〇〇円)