ウィルフリード・サイペル (ウィーン美術史博物館館長) 
     1998.05.19 ウィーン美術史博物館『汪蕪生』展開幕式

汪蕪生《天上の山々》写真展のオープニングセレモニーにおける

ウィーン美術史博物館ウィルフリード・サイペル館長の開幕辞

1998年5月19日夜、ウイーン・ハラッハ宮殿2F会場

お集まりの皆様に、一言ご挨拶申し上げます。

本日ここに展示されております中国の山水をテーマとした写真作品は、私とも美術史博物舘ではこれまでに前例のない展示でございますが、撮影された汪蕪生先生の作品が昨年9月にクレムス美術館の芸術展示ホーールに展示された際、私はその作品に写し出された山水の美に大変深い感銘をうけました。その際ちょうど会場に居合わせ汪蕪生先生とウィーンでの展覧会開催に関して意見を交わす機会を得、また汪蕪生先生もこれに大いに関心を示された結果、今回ヨーロッパ初の汪蕪生作品展をウィーンで開催する運びとなったわけでございます。

オーストリアの美術館も今後はより一層意識を改革して独自の試みを行い、たとえすぐには多くの観客を集められなくとも、この種の展示を行っていく必要があると思います。私はこの場をお借りして、今回の展覧会開催に関わった各部門とスタッフの皆様方に感謝すると共に、この展覧会への協力のためにわざわざ日本からいらっしゃった関係者の皆様方に心より感謝を申し上げたいと思います。

写真家の汪蕪生先生は日本在住の中国人で、その作品が持つ風格とインスピレーションは中国に源を発しています。また汪先生は94年、95年には北京、上海で展覧会を開催されました。汪先生は蕪湖市のお生まれですが、蕪湖市のある安徽省上海の西に位置する山の多い省で、その面積はオーストリアの全国土よりもなお広いそうでございます。さらに汪先生は、250キロにわたって連綿と山脈が連なり、海抜1000―2000メートルの級の峰が72もあるという黄山の山懐に抱かれて成長されました。こうした環境に育まれ、あたかも我々ヨーロッパ人が山に対して一種のロマンチックな感情を抱くように、先生繊細な感受性は連なる雲海や険しい岩山、趣深い松の枝振りなどの奇観に大いに共鳴されたわけであります。

汪蕪生先生の写真家としての初志が、中国の伝統的水墨画のモチーフである山水から大きな影響を受けていることは想像に難くありません。山水の美が先生を完璧な芸術的表現の追求に向かわせ、仏教の静謐な境地が先生にインスピレーションを与えたのです。汪先生の作品が持つ美は、時間と空間を超越する不朽のものであります。なぜなら、それは「天人合一」を追求したものだからです。汪蕪生先生はこうした山水の境地の中に自らの芸術の原型を見出したわけですが、それはましで山水そのものではなく、山水が具現している精気であり、また山水と天上界、つまりアジアの神話の中で語られる、かの仙人の世界との呼応なのであります。ご覧ください、あの雲が果てしない宇宙をたなびく様を! こうした山水に対する神話的な解釈が、幾千万中国人に、仙人の住む天界として黄山への畏敬の念を抱かせているわけです。しかし、結局のところそこは岩山と雲海、滝、松の古木などが織りなす伝統的な水墨画の世界であり、汪蕪生先生の作品中で、それら全てに新鮮さと説得力を持った確かな裏付けが与えられているのです。

もちろん、撮影技術で中国伝統的水墨画の美を再現したという点も極めて重要です。これは我々ヨーロッパ人にとって初めて目にするものであり、中国の芸術家がこのような独特の手法で、現代の世界における自己の芸術の方向性や芸術的感銘、アイデンティティー、自己と宗教・哲学との関連性を表現するのを見ることは、我々に尽きせぬ喜びを与えてくれます。

最後に、私自身の魂が感じ取ったこの芸術家の生み出したユートピアが、皆様にも同様の感銘を与えることを望みつつ、私のご挨拶を終わらせて頂きます。ありがとうございました。