食とアート
伊東順二JUNJI ITO
美術評論家・プロジェクトプランナー/ジェクスト代表
失われた日本古来の芸術的センス
欧米に比べて日本ではインテリアとしての美術品の使い方が下手だとよく言われる。商業空間においても例外ではない。たとえば、パリやニューヨークには評判のレストランやホテルがオープンすると必ずトレンディーな美術品がフユーチヤーされて,そのインテリアのアンデンティティーになっていることが多いし,ロサン・ゼルスには3カ月ごとにさまざまなアーチストにまかせてインテリアを変更することで話題になっているレストランさえある。しかしながら日本では、あいも変わらず泰西名画のオンパレードか、不釣り合いで無趣味なアートが無理やり押し込まれているかのどちらかである。特に、「高級」という二文字がつく空間が最悪である。レストランであれ、ホテルであれ、同様だ。確かに、一つ一つの作品を見れば,立派なものであることが多い,しかし、そうであっても環境の中に埋没してしまっているのがおちである。責任はどこにあるのだろうか。料亭やお茶屋,茶室など素晴らしいトータル・アート・コーデイネーションの文化がありながら,この非常識的芸術環境を作り出してしまった原因は何なのだろう。それだけではない,「悪貨は良貨を駆逐する」という例えの通り,日本古来の芸術的環境さえも犯されてしまっているのである。
私は小さいころから父に連れられてよく長崎円山の花町に出掛けでいた。大抵は,父の口実代わりだったが,そこで展開している伝統空間と伝統芸能に子供ながら深く感銘を覚えたものである。その名残りか,いまでも東京では新橋、赤坂,京都では祇園、上七軒に時々顔を出すが,伝統の心はまだ残っているものの、魅力的な空間に出合うことは少ない。西洋かぶれした近代化が、日本の非常に高いレベルの「枠」という名の日常美学を傷つけた、とさえ言いたいくらいである。「気脈」という言葉がある。宇宙を含む空間はこの「気」の「脈動」に支配されているのだが,「建築」や「インテリア」も同様である。しかしながら、西洋近代主義における「様式」の確立はプレ・ファブリケーション主体の「面」の装名札 空間の「配置」という極めて人工的な「技能」にそれをすり替えてしまった。その“すり替え”を完璧に行った西洋はまだよい。自己の哲学を断ち切れぬままに「様式」に手を出した日本をはじめ、東洋の都市群はそのアンバランスを乗り越えられぬまま世紀末を迎えているのである。なぜなら,様式は100%演出されなければ様式足り得ない、という様式の法則を私たちのフアジーな感覚は極めることができないし,その“完璧さ”と“フアジーさ”の葛藤からいまだ逃れることができないからである。
料理における主張を空間装飾で体現
そんな東京の食空間事情の中で私が長年愛し続けているレストランがある.名前は「ダイニズ・テーブル」。青山にある中華料理店である。アイデンティティー・カラーともいえるグリーンを基調に統一されたハイ・デザインな店内は、10数年前にオープンした時はそれまでの中華料理店のイメージを180度変えるものだった。この店のインテリアの成功の秘訣は様式にならないものを様式化していることにある。現代の中国画とアンティークな屏風の組み合わせ、そしてファイバー・ワークにイタリア調の家具。これらを集合させて様式的な統一感を与えるという基本でありながら困難な作業を見事に果たしている。それだけではない。「ヌーベルキュイジーヌ・シノワーズ」という料理における主張も空間装飾によって体現しているのである。主張と様式が分離しない,ということは「気脈」にも通じるものである。
最近,改装をしたが注意しなければその変更点すら分からない,というやり方も「粋」である。
大阪にオープンした「ハイアット・リージェンシー」もこれからの日本のホテル事情に期待を膨らませる内容をもっている。海外には香港の「グランド・ハイアット」,台北の「リージェント」のように「色っぽい」魅力を兼ね備えたホテルがあるが、日本のこの規模のホテルでは,こんな雰囲気を持つものは恐らく初めてだろう。
同ホテルにはコンテンポラリー・アートが大きくフューチヤーされているが、全体に無理なく収まっているといえる。中でも,中華レストラン「天空」には注目である。というのも,ここで中心的なイメージを構成している汪蕪生の写真作品が素晴らい、からである。それは中国の山水画のイメージをそのままに写真にしたものであるが、自然環境に美を見る東洋の美学が現代的なメディアにおいても表現可能であることを示す,実験的なサンプルとなるものだ。汪の作品のようなアートが可能であると証言されれば、これからの東洋の空間構成は大きな変化を見せることになるに違いない。
欲を言えば、「天空」だけでなくホテル全体に彼の作品を展開してほしかった。そう思うのは私だけではないだろう。明治以来,「文明」に侵食された「文化」、そしてそれを支える「空間」の待ち望んでいた世界がそこに見えるようだ。
ともか〈,もうそろそろ日本人も「食」や「住」のなかで自分に素直になってもよいころだと思っている。 くいとう・じゅんじ〉
中華料理くタイニズ・テーブル〉
所在地/東京都港区南青山6丁目3-14サントロベ南青山ビル地下一階
電話:(03)3407−0363
刺しゅうスクリーン制作/イッセイミヤケデザインスタジオ 彫刻制作/米村雄一
中華料理く天空〉
所在地/大阪市住之江区南港北1-13ハイアット・リージェンシー・大阪 28階
電話:(06)612−1234
フォトアート制作/汪 蕪生 |