東山魁夷(日本画家)

1988.10.《黄山幻幽》の序文


黄山の神韻

 

黄山へ登ったのは昭和53年の初夏であった。北京で私の作品展が開催された時である。

南京から車で出発し、蕪湖でー泊して、翌日の午后、黄山の麓に着いた。

黄山は年来の憧れの山であった。私にとって、唐招提寺御影堂障壁画の第二期制作の主題である中国風景の中に、どうしても欠くことの出来ないものだったからである。

渓流に臨む温泉の賓館にー泊して、次の朝、雨の中を登って行った。急峻な岩山につけられた石段を、一歩、一歩、足許を見つめ、喘ぎながら登る。

一線天と呼ばれる難路にさしかかると、石段は益々急で、幅も狭くなる。幸いに雨が止んで蓬来三島という奇岩と松樹の造り出す仙境的な景観に胸を躍らす。間もなく有名な迎客松が枝をさし伸べて私達を迎え、目的地の宿舎玉楼に辿りついた時は、すでに暮色が峰々を包んでいた。

朝五時起床。眼下にひろがる白雲の漂いの中に、遠く近く峻嶺が頭をもたげ、まるで島島が海上に浮かぶかのようだ。奇岩、奇松、雲海の、いわゆる「黄山の三奇」が揃って夢幻の美の天地をここに現出している。急いでスケッチの筆を走らす。

朝食後、玉屏楼を出発。また、石段の道を辿る。相変わらず傾斜の急な長い石段連ある。しかし景観は益益深山の趣となる。宿舎の北海賓館に着いて、少憩の後、近辺のスケッチに出かける。ここに滞在して黄山の中も最も勝れた眺望数ヵ所をスケッチ。早朝、賓館のすぐ前にある小高い山に登り、御来光を仰いだ時もあった。始信峰の頂、清涼台から見る群れ立つ岩峰の素晴らしさ、深い谷底から直立した岩壁の上の、ほんの僅かな平地に在る排曇亭から。眺めというふうに、全く俗塵を離れた霊山の風趣に感嘆続であった。

今から思うと、あの十年前の黄山との巡り合いは、私にとってー期ー会のものであった、? このたび中国の写真家汪蕪生氏が精魂を籠めて撮影した黄山。写真集を出版するにおかけで、私にー文を依頼され、その作品の数々を示された。私は再び眼前に神韻を帯びた黄山の風景が次々に浮かび上がるのを感じた。白黒のフィルムによる撮影に、中国古来の水墨画持つ深い味わいに通じるものが表れている。徹底した努力と、その迫力に感服したのである

(ひがしやま かいい)