汪君と黄山
汪蕪生君は、黄山がある中国安徽省の蕪湖市に生まれ、そこに育った中国人写真家である。
青年時代に黄山の神秘的な景観に遭遇し、すっかり心を奪われた汪君は、黄山の美を写真で表現することを自分の天職と心に決め、以来今日まで、機会あるごとに黄山に足を踏み込んで写真を撮りつづけてきたという。
数年前、横浜の勧行寺で、汪君の撮った黄山の写真で構成した書院を飾る襖が完成したというので、それをみせていただいたことがあった。
私は黄山に行ったことはない。それで、黄山の姿は日本の写真家が撮った作品集でみる範囲であったが、汪君の写真が連続した襖いっぱいに展開された大きな画面をみて、それまでにみた写真では識ることのなかった黄山というより、私自身がその時黄山そのものを瞥見したようなおもいにさせられた。
中国の黄山は、高さこそ約千八百メートルとそんなに高い山ではないが、安徽省南部百五十四平方キロの広大な地域にわたり、主たる峰が七十二峰、変化に富んだ奇岩が陰に陽に林立し、その岩面には数多くの奇松が繁茂し、さらに、ある時はその峰々を縫うように、またある時はその岩面を這うように霧や雲が湧き、流れ、一刻として同じ光景でとどまることのない千変万化の仙境だという。
富士山を日本の代表的な山だとすれば、黄山は中国を代表する名山ということになろう、日本の富士山が、丁度擂り鉢を伏せたような形で、そのシンプルな形態美がいかにも日本的であるのに比して、黄山のそれはいかにも中国的である。
このたび汪君が、これまで撮ってきた黄山の写真を作品集にまとめることになり、それに収録する写真作品をみせられた。
黄山の全容を示す導入部の作品群と、それに続く黄山三奇と称される゛松゛゛岩゛゛雲゛の四つのテーマに添って組まれた五十五点のモノクロームの写真作品は、日本では決してみることのできない黄山独特の景観が見事にとらえられていて、汪君がいかに黄山にカメラを向けることを天職とし、それに熱中しているかということを理解するのに充分である。
それは、日本の写真家が撮った黄山のどの写真とも趣を異にして、中国人でなければ写し込めないであろうとおもわせる画面で、そこに汪君独自の世界がみえる。
汪君の黄山についての薀蓄の深さと、すぐれた写真表現力に称賛の言葉をおくり、今後の仕事に期待をかけるものです。
(わたなべ よしお 写真家)
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